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2008年 11月 23日
過去よりも未来
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 先週半ばに、親戚に不幸があったので、先月に続いて実家にまた戻っておりました(^^;。本当にこの1〜2年の間に、アタシの周り(親戚ですが。)で別れの時を迎える事が増え、自分が歳を重ねて来たという事の実感と同時に、自分の周りの人との関係と言うか、過ごしてきた時間を遡る機会が増えたように思います。アタシの従兄姉達はほとんど、一回りも二回りも歳が離れているので、子供の頃から接点があまり無く、従兄姉と言えども完全に”大人と子供”みたいな関係でした。それがいつの間にか、アタシも大人になり結婚をして、見た目は一応大人となっていますが、中身はちっとも変わらないままでいたりします。従兄姉ですらそんな関係なのに、伯父や伯母がいなくなるという現実を突き付けられ、その度に従兄姉達とも会う機会が増えてくると、どうしても子供頃からのギャップみたいなのがそのままアタシの中では残ったままで、そんな感じで今ある従兄姉たちの現実の姿や話を見たり聞いたりしてしまうと、妙に胸が痛くなるのです。幸せならば、それは良いのですが、みんながみんなそうじゃない。

 家系を残していこう、財産が何たらとか、大人の事情で周りから色々と縛られて、愛情はあるけれど、蓋を開けてみれば今それで幸せなのかと、外から傍観してきたアタシから見ても、とても幸せとは思えなかったりするのです。家系は自分が生まれてきた礎みたいなものだから、続いていく残っていくっていう事は嬉しいことなんだと思うけれど、それに縛られて自分が幸せにならなかったら、それで終わりじゃないかとつくづく思うのだ。ずっと昔から本家が消え、分家が本家になったり、ずっとそうやって人は生きてきたんだから、無くなる時だってあるんだよって。自分の代で無くなる事を悲しくない人なんていないし、申し訳ないって気持ちだってあると思う。現実にアタシだって、結婚して嫁いでしまった事で家を継げなくなった事を申し訳なく思う気持ちを持ち続けている。生まれて育った家だけど、それに縛られて、自分の幸せを我慢する必要があるの?って、アタシは言いたくなる時が、この1〜2年の間に少しずつ多くなってきた。

 でも、あの人たちからすれば、アタシはまだまだ子供であって、傍観者。「何も知らないクセに。」っていうのが関の山。言うつもりもないけれど、せめてこの世から消えてしまう時ぐらいは、幸せだったなとちょっとでも思って逝ってみたい。色んな人にせっかく支えられて生きてこれたんだから、その周りの人たちにも、アタシは少しでもいいから幸せな量が増えて欲しいって願わずにはいられない。どうして幸せになるのに、反対されたり難癖付けられたりしなくちゃいけないの?その人の幸せを願うのに,心配する気持ちは分かるけど、その人よりも家の方が大事?財産が大事?幸せの矛先が違うよって、外から黙って見てる方が、切なくなるよ。



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追記:追々、遡ってUPします。お茶は毎日の茶飯事ですから。

Top▲ | by hanacha3 | 2008-11-23 23:39 | 「私的」語り言
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